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バイクに乗り続けるということ [障がい者]

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何故、ろくに右腕が動かないのにもかかわらず、バイクに乗るのか?
理由は簡単、風を切って走るのが楽しいからです。

皆さんは、何故、自分がバイクの乗るのか考えたことがありますか?

周りにいた友人達がバイクを降りていくなかで、
何故、自分だけがバイクに乗り続けているのかと、考えたことはありませんか?

事故の以前の私は400ccのレーサーレプリカに乗っていまたが、
帰省に使う以外は、たいしてツーリングに行くでもなし、峠で膝を擦るでもなし、
通学の足に使う、文字どうりのちょい乗り専門でした。

それがどうして身体が不自由になってから、
休日だけでなく、時間を見つけては走りに行くようになったのか。


以前のGOGGLE誌のコラムに、こんな一節がありました。
『いい歳してバイクで死ぬのは、事故死ではない。死を賭けて乗っているのなら、それは”自殺"である』
そして、もう一文、
『やけでバイクに乗って死に囚われるのは、自殺ではなくバイクに殺されたのである』とも。


バイクは全身で走る楽しさを味わえる道具です。
でも、常に安全な道具ではありません。
『走る楽しさ』の直ぐ裏側には『死の影』が同時に存在します。


私自身、いつも自分のすぐ傍らに死を意識しながら生きています。
大袈裟に聞こえるかもしれないし、年寄りじみているとも言われるが、
現実にいつも感じることです。

事故に遭って意識不明の間、私は『死の影』を感じました。
恐怖とも安らぎとも違う奇妙な感覚でした。
果たして、これが『死というもの』なのか分かりませんが、
そのまま目を覚まさなければ死んでいたそうです。

我々は『死ぬという現実』を恐怖や不安とともに特別な存在であるかのように考えがちです。
だが、現実には死はいつも我々のすぐ側に在るのです。
そして、常に傍らの死を意識するからこそ、
生きていることも実感できるのです。


話は戻りますがが、
私がバイクに乗り続ける理由は「バイクで走るのが楽しいから」です。

事故の以前からバイク好きの気持ちは変わっていませんが、
たとえ時間があっても「今、走らなくても後で幾らでも走れる」と思って走らなかった事が多かった。


毎日、ただ漫然と過していたためだと思います。


だが、今は毎日を生きていることを感じながら過ごしています。
死を身近に感じるゆえに、生もまた、身近に感じるからです。

それゆえに、いつ、死んでも後悔が無いように毎日を一生懸命生きたいと考えています。
だから自分の好きなこと、楽しいことを出来るうちに精一杯やっておきたいのです。


ちょっと偉そうなことを書いてしまいましたが、
現実には、人間ちょとやそっとで死にやしないし、毎日死ぬことばかり考えている方が健康に悪い。
しかし、私の場合はもう一度、同じような事故に遭遇したら、
今度こそ良くて手足の一本の無くすか、悪ければ半身不随になるのが決まっているので、
少しばかり気にし過ぎなのかもしれません。

人生、一回限り。
リセットもやり直しも効かないのだから、もっともっと今という時を楽しくありたいものです。
 
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お役所仕事の対応 [障がい者]

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以前に「二輪免許保持者が障がい者だったの免許更新時に免許の返納を求められた」という話題があり、
そこに私的コメントを書いたものを転記(一部加筆)しました。


警察にとっては『障害持ちのバイク乗りは事故を起こすリスクが大』という
先入観が前提にあるからでしょうね。


『どうせ無理して乗っても自爆事故起こすのだから、バイクに乗るのは止めなさい』とか、
『貴方のために親切に説明してるのだから言うことを聞こうよ』とか、
『そもそも片手だけでバイクに乗れる訳無いだろ』とか、
免許センターのの担当者にもよりますが、
大抵の障がい者の免許取得・更新では、上記のような事を言われ、
免許の返納を求められたり、大概は融通が利きません。


『不作為の作為』で意図的に面倒な事案を避けているように感じます。


私は18年前に、事故で右腕の「神経引き抜き」のために片腕麻痺になったのですが、
免許更新の時に、同じような話をされました。

当時は1回目の手術をした直後で治療継続中だったので、
まだ治療中ならという事で免許の欠格条項に関しては保留となり、
更新は問題無かったのですが、
『完治後に再度、適性検査をやります』
『不合格なら二輪免許は返納。どうしてもバイクに乗るなら、
乗車車両の改造後に、車両を持ち込んでもらい再検査する』と説明されました。


まあ、改造しないと乗れないなら適性の再検査や実際の運転能力の確認は、
安全な運転の為には仕方ない事だと思いますが、
「じゃあ、どんな改造すれば良いの?」と聞いても、
『個別の事案はプライバシーの問題で教えられません』
『必要なことは自分で対応して』と言われるだけで、
どないせいっちゅうねん┐( ̄ヘ ̄)┌ ヤレヤレ・・・と、途方に暮れたのを覚えています。


結果として、限定解除に挑戦して、
力技で二輪の適正検査と実技試験に合格し、運転許可を出させたので一安心でしたが、
不合格だった時には、その後の人生が様変わりしていたと思うと冷や汗がでます。

今でこそ、障がい者が免許を取る方法や、
個人ごとの障害にあわせた車両の改造のノウハウがネットで調べられますが、
当時は情報不足で、何をするのも手探りでした。


昨今ではバリヤフリーが進おり、役所の福祉相談も良い対応してくれたり、
自動車では『足一本でも運転できる特殊車両』が市販されていたりと、
世の中が障がい者の社会進出に前向きに変化しています。

どうして二輪車の運転免許に関しては、『身体に障害のある方の受験案内』の相談窓口が、
運転免許試験場ごとに存在しているのにも関わらず、
マニュアル的な対応のうえに前例主義で柔軟性もなく、統一基準も無く説明も不十分のまま。
今でも役に立たずの存在なのが不思議でしかたありません。

試験場や担当官によっては、障がい者の運転に対して、
もの凄く親身に対応して頂ける場合もあるのに、
別の場所では、前提として『基本的に対応はムリ』という姿勢をとっている事もあります。
この対応の違いは何なんでしょうか?
 

もう少し今の状況に即した、適切で有効なサポートをして頂きたいものです。
 
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クスグル・ワラウ [腕神経そう麻痺]

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今回は「肋間神経移行術」についての話です。
『何を・どうやって・こうなった』を解説してみましょう。


まず「肋間神経移行術」とは何ぞや?から始めましょう。


神経断裂で動かなくなった腕の関節(筋肉)に繋がる神経に、
「肺を動かす神経である肋間神経」を直結することで、
再び腕の間接を動かす筋肉に、肺を経由して脳からの命令が伝わるようにする手術です。

腕神経そう麻痺の治療では一般的な機能回復手法です。
最近は「DFMT法」という、より効果の高い治療もあります。
気になって方はググってもらうと、より専門的な情報が得られます。


私の場合は『肘の関節の曲げ伸ばし、左右への捻り』の
4方向への動きを再生する手術をしています。


話を「肋間神経」に絞りましょう。

これは文字どうり、肋骨と肋骨の間にある神経で左右6本ずつあり、
呼吸をする際に胸筋と肋骨を上下させ肺に空気を出し入れする機能を持っています。
ちなみに一番下の神経は、骨の間ではなく肋骨の下に沿うように存在します。
肋骨の下でも肋間とは、これ如何に。

移行手術の後、1年くらい経過すると、
肋間神経と腕の神経が繋がり始め、呼吸に合わせて腕が勝手に動くようになります。
息を吸うと肘が曲がり、吐くと伸びます。

もっとも、腕の筋肉は1年間も動かさなかったので、すっかり落ちており、
筋力不足で完全に曲げる事は出来ず、僅かに動くだけです。
それでもクシャミを連発すると、肘も連動してピクピク動きます。
ちょっとオモシロイデス。


しかーし、
呼吸と連動したままでは使い物にならないので、リハビリが必要です。

頭の中で腕を動かすイメージを考えながら、意識して呼吸をします。
ひたすら意識しながら繰り返します。

息をする「すーはー、すーはー」
肘関節も「まがーる、のびーる」

数ヶ月リハビリを続けると腕の筋力もUPしているので、かなり曲がるようになります。
この頃になると、肘の曲げ伸ばしが呼吸と連動せずに動かせるように変化します。
常に意識して肘の曲げ伸ばしを続けることで、
脳内での腕のコントロール回線が、
『脳→脊髄→腕の筋肉』から、
『脳→脊髄→バイパスした肋間神経→腕の筋肉』へと切り替わります。
伝達経路の切り替えがおきる事で、肘の動きを『自分でコントロール』出来るようになります!

いやー人体の神秘は凄いです。
さすが人体改造の成果ですね(笑)


もう一つ、肋間神経の移行手術をすると面白い事がおきます。

肋間神経は胸の皮膚感覚を脳に伝達する役目も持っているため、
脳内の伝達経路の切り替えられると、「皮膚感覚」も変化します。

肋間神経を切り離した部分の胸の皮膚は当然、無感覚になります。
それに対して、右肘に繋いだ肋間神経は腕の皮膚にも結合しようとします。
そのため、こんなこと↓がおきます。

『右腕をくすぐると、胸をくすぐられた感じがする』

それも神経バイパスした部分だけではなく、右腕全体で数箇所が感覚逆転しています。
とくに手首の内側を擦ると、わきの下がくすぐったい。

どんな神経の繋がり方をしたらこうなるのでしょう?
この中途半端な脳内伝達にも人体の不思議を感じます。

満員電車に乗ると隣の乗客と腕が擦れるたびに、当たり所が悪いとくすぐったくなります。
鳥の羽で脇腹をくすぐられながら通勤しているようなものなので、
ある意味で拷問です。


それと、手術後10年以上過ぎた、この夏になって意外な事実が判明しました。
皮膚感覚が逆転した部分は、日焼けすると焼け色が違ってムラになりました。
チタンマフラーみたいに綺麗に焼ければ良いのに、、、
 
 
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Re:Start その2 [壊れたライダー・再始動]

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限定解除の試験も、事前の練習の成果もあり、
4度目で合格しました!
事故前と合わせて、トータル11回の挑戦で勝利です。


個人的なハプニングはありませんでしたが、こんな事件はありました。

若い兄ちゃんが、試験官からの「ハイ、スタートに戻って」と不合格を告げられた際に、
どうも不服で『キレタ』らしく、
ステップを擦りながら高速で交差点突入

スリップダウンで転倒、バイクが横転してゴロゴロ転がる。

試験車両が大破。お説教のため連行される。

何事も無茶はイケマセン。


実技試験自体は問題は無しでしたが、
免許の交付の際に、一悶着ありました。


試験場の担当官から、
『右腕が動かないんでしょ?ちゃんと運転できそうに無いからダメ』、
『免許交付の前例も無いから』と指摘されました。

えーそんなのアリか?今までの苦労が無駄じゃん、、、
納得できないので、交付担当のえらい人を呼んでもらって協議です。

「どうしてもダメ?」
『運転能力に不安があるし、危ない運転して事故になったら、どうするの?』
話が平行線です、、、

そこで、ハッと気が付きました。
「実技試験に受かったのだから、運転能力は証明されたでしょ?」
「受験資格にも適合してます!事前の適正検査もクリアしてます!」
食い下がりました。
これが効いたらしいです。

担当官さんが、協議するから待っててと退室。
10数分経過。
オカエリナサイ。
回答は『法的には問題無いからOK』
無事、免許証の裏に「限定解除のスタンプ」が押されました。
あーホッとした。

お役所仕事だから、前例主義で頭が固いし融通が利きません。
自分の正当性を自分自身で証明しないといけないのは大変です。
電車での痴漢冤罪なみに苦労します。


何かと苦労しましたが、これで正式に『片腕のバイク乗り』の誕生です!


これで残すは「新たな相棒」を見つけるのみ!
でも、限定解除したら乗りたいバイクは決まっているんですよね。
我ながら気が早い(笑)

さーバイク屋さんを巡って、目指す中古車を見つけるぞ-。


<追記>
白バイの訓練メニューに『片手運転』があります。
それも、片手でジムカーナをするレベル。
実際に走っているのを見た時は、あまりの凄さで唖然としました。
試験場の係官さんも知ってて欲しいものです。

参考動画

・白バイ隊 片手運転 ワンハンドライディング
http://www.youtube.com/watch?v=U5P3bMg7EVc
・白バイ 片手走行 HD
http://www.youtube.com/watch?v=C7yimGAO_ws 
 
 
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Re:Start その1 [壊れたライダー・再始動]

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1997年7月。
アクロスを使った片腕での運転テストも無事に終了。
右腕の検査結果も良好なので、
一念発起!
ここから本当の『ライダー復活』が始まります。


この頃の右腕は肘が僅かに動くものの、それ以外は未だ不動のまま。
出来るのは『右肘を一直線に伸したままにすること』のみです。
しかし、これが出来ると、
短距離なら、エンジンを始動せずにバイクを押せます。

という訳で、
『限定解除試験に挑戦します!』

これを知られると、周りの方たちが全力で止めようとするので、
今回も秘密のうちに決行です。

どのみち運転能力の確認試験を受けないと、二輪免許が失効しますからね。


当時は、教習所で大型二輪の取得が出来なかったので、
運転免許試験場で直接試験を受けます。
実は事故前にも限定解除の試験に挑戦しており、6戦全敗でした、、、

その教訓を踏まえて、今回は教習所で限定解除講習(任意練習なので講習ね)を受けて、
750ccの試験車両に慣れてから、再挑戦です。

ところが教習所を探して見ると、
基本的に障害者を受け入れてくれる二輪の教習所が無いのです。

わずかに『既に中型免許を持っていて無改造の教習車に乗れればOK』という、
条件付の教習所は一箇所だけ在りましたが、
結局、通い始めたのは当時、限定解除の名門だった都民自動車教習所で大型教習を受けました。
もちろん講習中の事故、怪我は自己責任の条件付です。

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府中試験場の試験車両は「VFR750」と「FZX750」

なんでライディングポジションも操作性も全然違う2台で試験するかなー。
受験当日にならないと、どちらで試験するか分からないので、
事前に乗りなれておかないと、合格するのは無理。
きびし過ぎます。

もっとも、本試験の前の事前検査の方が大変だったのですが、、、

事前審査は、この3項目。
・8の字押し歩き
・車体引き起こし
・センタースタンド掛け

下の2つは膝・腰を使って持ち上げるので、練習すれば片腕でも平気です。
私は車体引き起こしの時に、起こした後に勢い余って反対側に倒しました(笑)
やり直しで成功だったのでOKでした。

大変だったのが、8の字押し歩き。
ハンドルを腕力でフルロック、腕と腰でバイクを支えて押します。
右回りは右腕をハンドルに添えてるだけなので楽です。

辛いのが左回りの時。
右腕が伸びきって力が入らないので、
左腕でハンドルロック、腰で車体を支え、右腕で後方のフレームガードを引っ張って左旋回。
そろりそろりと超ゆっくり前進。ツライツライ。

凄く時間もかかったし変則的な方法でしたけど、
結果的に合格が出ました。
事前検査の判定基準が『出来れば合格』と手段は問わないのでセーフでした。
昔はかなりアバウトだったからなー。
今はどうなっているのだろう?


あー本試験の話も書こうと思ったのに、すでに長文になってる、、、
一旦区切って、本試験の話は次回に続きます。

それでは、また次回!
 
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それでもバイクに乗る その2 [壊れたライダー・序編]

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一旦、バイクに乗ると決めたからには実行あるのみです。


とはいえ、障害者がバイクに乗るための最大の問題は身内とお役所です。
どちらにしても、自分の身体でバイクに乗れる事を証明するのは本当に大変です。

特に身内の説得は苦労の連続で、バイクの話を聞いてもらえるまでが一苦労でした。
最初の頃はちょっとでも バイクの話になると、
毎回、「あんな危険な物やめなさい。今度、事故に遭ったら死ぬんだから」
ごもっともです。知人全員からこう言われたもです。

事実、私は右腕以外に脊髄もダメージを受けたので、
再度同じような事故に遭えば、良くて半身不随、悪くてあの世行きが決まっているので、
こう言われるのも無理はないです。

それでも再度バイクに乗ろうとするのですから、我ながら『本物の馬鹿』ですね(笑)

普通ならここでバイクに乗るのを諦らめそうなものですが、
説得続けること数ヶ月、実際に乗ってテストして満足に走れなければ、
バイクにはもう乗らない事を条件に再びバイクに始めました。


一応の了解もでらので、春になると同時に、まずは購入車種の選択です。
色々と試乗(またがり)の結果、250ccのツアラーモデルが腕の負担も少なかったので、
コレに決めました。


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スズキ・アクロス250。

メットインのぱかぱかマシンです。さすがSUZUKI製。
比較的軽量で、荷物も積めるし実用性高いのが魅力です。
不人気車で、お値段も安かったし。
あくまでもバイクに乗れるかテストするのが目的なので、実用性と価格は重要です。
乗れないと判断した時は、即時処分するつもりでしたからね。

納車後に再度バイクに乗り始めたのを知った周囲の方たちからは、
「お前は馬鹿か!」と言われたのは、言うまでもありませんが、、、

ちなみに画像は私が乗っていた車両ではなく、ネットから拾ってきました。
この頃はデジカメを持っていないので、当時の写真が残っていないのです、、、


乗り始めるにあたって、1箇所だけ改造しました。
いくら薬指と小指でグリップが握れるといっても、握力の低下で長時間はもたないため、
アクセルグリップとグローブの手のひらに『マジックテープ』を貼り付けました。
コレで保持力が大幅にUPです。
降車時に剥がすのが大変な程ですが(笑)

計画では、フロントブレーキをかける力が足りない時は、
「ブレーキ関係の改造」も予定しましたが、
リヤブレーキ重視の操作なら問題無しだったので、これはノーマルのままです。


いざ乗るまでは不安ばかりで、再び路上を走るまではは恐くて仕方がありませんでしたが、
昔のようにはいかないが、思ったよりはコントロール出来ました。

慣れるまでは広い駐車場で8の字走行や低速一本橋の練習をしましたが、
直ぐに、のんびり走行なら平気で乗れるようになりました。
ちなみにこの時、右腕で動いているのは右手首の一部だけです。

そのため、しっかりニーグリップをしないで左手に力が入っていると、
加速時は左に、減速時は右に車体が流れるという予想外の挙動が起きます。
これは走り出すまで想像していなかったので、とても驚きました。


よく馴れた頃が危ない言いますが、そのとうりです。
事故や怪我をすることはありませんでしたが、
立ちゴケはやりました。
バランスを崩すと、片腕ではバイクを支えられないので止むを得ません。

それと、もう一点。

緊急時の急ブレーキが非常に怖い。
腕を突っ張ることが出来ないので、腹筋・背筋で上半身を保持しないと、
減速のGで一気にタンクに伏せる格好になるので、バイクのコントロールが出来ません。
これは非常に怖かったです。


なにはともあれ、これで『片腕でもバイクに乗れる』ことが証明されました。
乗り始めて2ヵ月後に、前の記事で書いた「右腕が大幅回復の見込み」が分かります。
それ受けて、本格的に『バイク乗り復活計画』が始動します。

次回からの急展開に乞うご期待!
 
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それでもバイクに乗る その1 [壊れたライダー・序編]

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今回からは「片腕ライダー」として、
今一度、バイクに乗るまでの話になります。


時は1996年1月。冬ですねー。寒いですねー。
ライダーなら、暖かくなったらバイクに乗りたいなーと思う時期ですね。
私もそう思いました。

なに?前の記事で右腕の感覚が戻り始めたのは『春になってから』って書いてただろうって?
はい、そのとうり。
でも腕の固定が解除された時点から、『もう一度バイクに乗る』計画は進めていたんです。
バレると周りから猛反対されるので極秘のうちにね。


事故当初から右腕は肩、肘、手首の大半は麻痺していましたか、
幸いにして、右手首の一部と薬指、小指は動かすことが出来ました。

皆さんも試してみると分かりますが、『薬指、小指が動けばグリップが握れる』のです!!

握力が落ちているので、もちろん短時間ですけど。
某・赤いバイク店で展示車に跨らせてもらい、ブレーキとアクセルが操作できるか確認もしてあります。

それと教習所で習ったと思いますが、
「バイクは腕でハンドルを切って乗るものではなく、車体を寝かせて曲がるものだ」

結論!
『アクセルとブレーキが操作できればバイクに乗れる』のです。
ニーグリップが出来ていてれば、片手でもバイクを操れるはず、、、たぶん。


1996年当時は、インターネットが普及し始めたばかりの頃なので、
今のようにネットで検索すれば、簡単に情報を見つけられる訳ではありません。
少なくとも当時、『片腕ライダー』で検索しても、何の情報も無し。
海外のサイトで、いくつか事例があったくらいで参考になるものはありませんでした。

本当に乗れるか誰も分からない。
すべてが手探り、試行錯誤です。
どうすれば安全にバイクに乗れる?必死に考えました。
考えた結果、『コレならいける!』とアイデアがまとまったのが、ちょうど3月。
春になると同時に、作戦決行です。

次回の「実際にどうなった?」へ続きます。


追記。

そもそも片腕でバイクに乗るのは法的に問題ないの?との質問がありましたので回答を追記します。
ちょうど年明けに免許の更新があったので、警視庁・府中免許試験場に行きました。
この時は腕を吊ったままだったので、
担当者に『免許条件に失効などの制限がかかるか?』を聞きました。
すると、あっさりと『治療中なら変更無し。ただし完治後に障害が残れば再度、適性検査をする』でした。

つまり治療中なら片腕でバイクに乗っても法的に問題無し。
万一、事故になった時は保険屋から何を言われるか分かりませんけどね。
 
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悪口言って、ゴメンナサイ [腕神経そう麻痺]

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「聖おにいさん」は面白いです。
コミックも絶賛発売中。ぜひお買い求めのうえ抱腹絶倒して下さい。


今回は『神様』の話です。
もちろん↑の御二人ではありません。

私は無神論者ではありませんが、特定の宗教を信仰している訳でもありません。
あくまでも『人の生き様を見守っている存在が神である』と思っています。

特定の宗教・神様ではなく、概念としての神についての話になりますので、
不快に感じた方がいらっしゃいましたら、ご容赦願います。


私は事故にあって当時は、工業デザイナー志望の大学生でした。
そのため事故当初で両腕が使えないうえに、
利き腕の右腕を潰してしまい、目指していた目標が叶わなくなくなって絶望しました。

自分の行いを顧みず、
神様に「何故ひと思いに死なせてくれなかったのか?」と八つ当たり、
いや、心の底から恨みました。
逆恨みもいいとこですね。


それなのに神様は後になって、『不自由だけど最高の右腕をくれました』
神様とはケンカしたままだったのに、
再び頑張るチャンスをくれました。

今では神様に感謝しています。
一時は呪っていた相手なのに、今一度希望をくれた事を心から感謝しています。


私の好きな一文にコレがあります。

『神は我を見捨てず、再び剣を取りて「戦え」とのたもうた』

これからも仕事も遊びも失敗もする事は多いでしょう。
でも私は他の同じ怪我を負った人たちよりも、恵まれた頑張れる右腕を貰いました。
生きている限りは、常に生き残った意味を探し続けることでしょう。


あえて神様が与えてくれた、今の右腕に恥じないように、
精一杯、生きてゆきたいと思います。

いつか神様に「オレは頑張れたかな?」と聞いてみたいです。
 
 
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一年経過 [腕神経そう麻痺]

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あっという間に、事故から一年が経過。

手術で神経移行をした右肘や、
断裂して筋肉や神経で動かなかった他の間接も、再結合し始めており、
術後の回復状況を調べるため、精密検査をしました。

手術前と同じく、MRI、CTスキャン、筋電図、etc。
追加で肺機能を調べるアイソトープ検査もあり、
検査項目が多いので、全部終わるのに数日かかったかな?

でー検査結果がどうなったかというと、、、

前代未聞の脅威の機能回復!
結果をみた関係者全員が驚く事態になりました。


では手術の前と後の検査結果を比較します。

<手術前>
動かせる関節_右中指、人差し指、小指、手首の上・下(これ以外は麻痺し動作不能)
肩から先の皮膚感覚(痛覚・触覚など)を全べて喪失。


<手術後・1年目>
動かせる関節_右中指、人差し指、小指、手首の上・下。
新たに動き出した関節_右親指、人差し指、手首の右へのひねり、肘の曲げ伸ばし、肩の付け根。

回復した皮膚感覚_右中指、人差し指、小指、手のひら、肩から肘にかけての一部。
(親指、人差し指、手の甲、上腕、肩は感覚無し)

新たな障害_右肺・上部1/3が機能不全、左足首に軽い麻痺(神経移行が原因)


事故当初は『神経引抜きだったら右腕全廃の可能性が大きい』と言われていただけに、
正直、このような結果が出るとは予想もしていませんでした。
当然ながら、こんな回復症例も前例は皆無です。

検査中も「あれ?おかしいなー?」と検査の担当者が不思議がっていたので、
てっきり「良い結果が出てないのか、、、」と凹んでいたので、
先生も驚く、私も驚く、何ともいえない空気が流れました。


驚きの回復とはいえ、右手は丸一年も動かなかったので筋肉が激減・畏縮してしまい、
『脳→脊髄→神経→筋肉』と身体を動かす指令が伝わるけど、筋力不足で動きません。
もちろん、右腕が完全回復する事は決してありませんし、
リハビリをしても動かないままの場所や、力の入らない部分も沢山残っています。
(追記、2013年現在でも、右腕は正常時の50%までの回復が精一杯でした)

ここから数年かけて筋力強化のためのリハビリと数度の再手術を繰り返して、
再びバイクに乗れるまにで回復する事になります。


『奇跡は起きます!起こしてみせます!!』
某アニメの主人公も言っていましたね。
 
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こいつ・・・動くぞ! [腕神経そう麻痺]

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退院したのが真夏の9月なので、話は一気に7ヶ月先の春へ飛びます。

この頃には手術の傷も安定しており、
右腕&上半身のガッチリ固定から、アームサスペンダーにレベルUPしました。
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骨折の時などに使うやつね。
やっと人並みの怪我人になりました(笑)


退院したばかりの頃は、
傷が開くたびに『血しぶきスプラッタ』で、周囲の人が阿鼻叫喚したり、
ゆるゆるTシャツしか着れなかったり、
身体のバランスがとれなくて歩くとフラフラしたり、
ミイラ男状態の時は、想像以上に大変でした。

固定が解かれても右腕はプラプラですが、
動き回るのが劇的に楽になりました。
動けるってスバラシイ。


話がそれたので本線に戻します。

手術後7ヶ月目にして『神経が繋がり始めた』気配が出てきました!
実際は力も入らないし、自分の意思で曲げる事も無理だけど、
入浴中に、肘がピクピク反応し始めているのに気が付きました。

喜びで、もー狂喜乱舞。まっ裸ですが。

入浴中に湯船に浸かっていると、右腕は湯中に沈んだままですが、
浮力で軽くなっているために、ほんの僅かだけど呼吸に合わせて動こうとします。
肺の肋間神経が、移行手術をした肘の神経と繋がり始めた証拠です。
術後に先生から『手術は成功だけど、ちゃんと神経が繋がる確立は五分五分』と聞いていたので、
本当に嬉しかったです。

お風呂に浸かったまま泣きました。


その後、しばらくは要安静に戻ります。
神経の繋がり始めは『糸1本で僅かに繋がっている状態』なので、
無理して切らないように注意せねばなりません。
切れたら再手術決定なので、、、

手術後の安静期間は不安と恐怖で押し潰されそうでしたが、
動き始めてからの安静中は、『これからどうなるのだろう?』と、
一転してワクワクで落ち着かない程でした。


ちなみに神経が切れる時は『ブチッ』と音が聞こえるそうです。

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