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Re:Start その1 [壊れたライダー・再始動]

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1997年7月。
アクロスを使った片腕での運転テストも無事に終了。
右腕の検査結果も良好なので、
一念発起!
ここから本当の『ライダー復活』が始まります。


この頃の右腕は肘が僅かに動くものの、それ以外は未だ不動のまま。
出来るのは『右肘を一直線に伸したままにすること』のみです。
しかし、これが出来ると、
短距離なら、エンジンを始動せずにバイクを押せます。

という訳で、
『限定解除試験に挑戦します!』

これを知られると、周りの方たちが全力で止めようとするので、
今回も秘密のうちに決行です。

どのみち運転能力の確認試験を受けないと、二輪免許が失効しますからね。


当時は、教習所で大型二輪の取得が出来なかったので、
運転免許試験場で直接試験を受けます。
実は事故前にも限定解除の試験に挑戦しており、6戦全敗でした、、、

その教訓を踏まえて、今回は教習所で限定解除講習(任意練習なので講習ね)を受けて、
750ccの試験車両に慣れてから、再挑戦です。

ところが教習所を探して見ると、
基本的に障害者を受け入れてくれる二輪の教習所が無いのです。

わずかに『既に中型免許を持っていて無改造の教習車に乗れればOK』という、
条件付の教習所は一箇所だけ在りましたが、
結局、通い始めたのは当時、限定解除の名門だった都民自動車教習所で大型教習を受けました。
もちろん講習中の事故、怪我は自己責任の条件付です。

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府中試験場の試験車両は「VFR750」と「FZX750」

なんでライディングポジションも操作性も全然違う2台で試験するかなー。
受験当日にならないと、どちらで試験するか分からないので、
事前に乗りなれておかないと、合格するのは無理。
きびし過ぎます。

もっとも、本試験の前の事前検査の方が大変だったのですが、、、

事前審査は、この3項目。
・8の字押し歩き
・車体引き起こし
・センタースタンド掛け

下の2つは膝・腰を使って持ち上げるので、練習すれば片腕でも平気です。
私は車体引き起こしの時に、起こした後に勢い余って反対側に倒しました(笑)
やり直しで成功だったのでOKでした。

大変だったのが、8の字押し歩き。
ハンドルを腕力でフルロック、腕と腰でバイクを支えて押します。
右回りは右腕をハンドルに添えてるだけなので楽です。

辛いのが左回りの時。
右腕が伸びきって力が入らないので、
左腕でハンドルロック、腰で車体を支え、右腕で後方のフレームガードを引っ張って左旋回。
そろりそろりと超ゆっくり前進。ツライツライ。

凄く時間もかかったし変則的な方法でしたけど、
結果的に合格が出ました。
事前検査の判定基準が『出来れば合格』と手段は問わないのでセーフでした。
昔はかなりアバウトだったからなー。
今はどうなっているのだろう?


あー本試験の話も書こうと思ったのに、すでに長文になってる、、、
一旦区切って、本試験の話は次回に続きます。

それでは、また次回!
 
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それでもバイクに乗る その2 [壊れたライダー・序編]

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一旦、バイクに乗ると決めたからには実行あるのみです。


とはいえ、障害者がバイクに乗るための最大の問題は身内とお役所です。
どちらにしても、自分の身体でバイクに乗れる事を証明するのは本当に大変です。

特に身内の説得は苦労の連続で、バイクの話を聞いてもらえるまでが一苦労でした。
最初の頃はちょっとでも バイクの話になると、
毎回、「あんな危険な物やめなさい。今度、事故に遭ったら死ぬんだから」
ごもっともです。知人全員からこう言われたもです。

事実、私は右腕以外に脊髄もダメージを受けたので、
再度同じような事故に遭えば、良くて半身不随、悪くてあの世行きが決まっているので、
こう言われるのも無理はないです。

それでも再度バイクに乗ろうとするのですから、我ながら『本物の馬鹿』ですね(笑)

普通ならここでバイクに乗るのを諦らめそうなものですが、
説得続けること数ヶ月、実際に乗ってテストして満足に走れなければ、
バイクにはもう乗らない事を条件に再びバイクに始めました。


一応の了解もでらので、春になると同時に、まずは購入車種の選択です。
色々と試乗(またがり)の結果、250ccのツアラーモデルが腕の負担も少なかったので、
コレに決めました。


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スズキ・アクロス250。

メットインのぱかぱかマシンです。さすがSUZUKI製。
比較的軽量で、荷物も積めるし実用性高いのが魅力です。
不人気車で、お値段も安かったし。
あくまでもバイクに乗れるかテストするのが目的なので、実用性と価格は重要です。
乗れないと判断した時は、即時処分するつもりでしたからね。

納車後に再度バイクに乗り始めたのを知った周囲の方たちからは、
「お前は馬鹿か!」と言われたのは、言うまでもありませんが、、、

ちなみに画像は私が乗っていた車両ではなく、ネットから拾ってきました。
この頃はデジカメを持っていないので、当時の写真が残っていないのです、、、


乗り始めるにあたって、1箇所だけ改造しました。
いくら薬指と小指でグリップが握れるといっても、握力の低下で長時間はもたないため、
アクセルグリップとグローブの手のひらに『マジックテープ』を貼り付けました。
コレで保持力が大幅にUPです。
降車時に剥がすのが大変な程ですが(笑)

計画では、フロントブレーキをかける力が足りない時は、
「ブレーキ関係の改造」も予定しましたが、
リヤブレーキ重視の操作なら問題無しだったので、これはノーマルのままです。


いざ乗るまでは不安ばかりで、再び路上を走るまではは恐くて仕方がありませんでしたが、
昔のようにはいかないが、思ったよりはコントロール出来ました。

慣れるまでは広い駐車場で8の字走行や低速一本橋の練習をしましたが、
直ぐに、のんびり走行なら平気で乗れるようになりました。
ちなみにこの時、右腕で動いているのは右手首の一部だけです。

そのため、しっかりニーグリップをしないで左手に力が入っていると、
加速時は左に、減速時は右に車体が流れるという予想外の挙動が起きます。
これは走り出すまで想像していなかったので、とても驚きました。


よく馴れた頃が危ない言いますが、そのとうりです。
事故や怪我をすることはありませんでしたが、
立ちゴケはやりました。
バランスを崩すと、片腕ではバイクを支えられないので止むを得ません。

それと、もう一点。

緊急時の急ブレーキが非常に怖い。
腕を突っ張ることが出来ないので、腹筋・背筋で上半身を保持しないと、
減速のGで一気にタンクに伏せる格好になるので、バイクのコントロールが出来ません。
これは非常に怖かったです。


なにはともあれ、これで『片腕でもバイクに乗れる』ことが証明されました。
乗り始めて2ヵ月後に、前の記事で書いた「右腕が大幅回復の見込み」が分かります。
それ受けて、本格的に『バイク乗り復活計画』が始動します。

次回からの急展開に乞うご期待!
 
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それでもバイクに乗る その1 [壊れたライダー・序編]

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今回からは「片腕ライダー」として、
今一度、バイクに乗るまでの話になります。


時は1996年1月。冬ですねー。寒いですねー。
ライダーなら、暖かくなったらバイクに乗りたいなーと思う時期ですね。
私もそう思いました。

なに?前の記事で右腕の感覚が戻り始めたのは『春になってから』って書いてただろうって?
はい、そのとうり。
でも腕の固定が解除された時点から、『もう一度バイクに乗る』計画は進めていたんです。
バレると周りから猛反対されるので極秘のうちにね。


事故当初から右腕は肩、肘、手首の大半は麻痺していましたか、
幸いにして、右手首の一部と薬指、小指は動かすことが出来ました。

皆さんも試してみると分かりますが、『薬指、小指が動けばグリップが握れる』のです!!

握力が落ちているので、もちろん短時間ですけど。
某・赤いバイク店で展示車に跨らせてもらい、ブレーキとアクセルが操作できるか確認もしてあります。

それと教習所で習ったと思いますが、
「バイクは腕でハンドルを切って乗るものではなく、車体を寝かせて曲がるものだ」

結論!
『アクセルとブレーキが操作できればバイクに乗れる』のです。
ニーグリップが出来ていてれば、片手でもバイクを操れるはず、、、たぶん。


1996年当時は、インターネットが普及し始めたばかりの頃なので、
今のようにネットで検索すれば、簡単に情報を見つけられる訳ではありません。
少なくとも当時、『片腕ライダー』で検索しても、何の情報も無し。
海外のサイトで、いくつか事例があったくらいで参考になるものはありませんでした。

本当に乗れるか誰も分からない。
すべてが手探り、試行錯誤です。
どうすれば安全にバイクに乗れる?必死に考えました。
考えた結果、『コレならいける!』とアイデアがまとまったのが、ちょうど3月。
春になると同時に、作戦決行です。

次回の「実際にどうなった?」へ続きます。


追記。

そもそも片腕でバイクに乗るのは法的に問題ないの?との質問がありましたので回答を追記します。
ちょうど年明けに免許の更新があったので、警視庁・府中免許試験場に行きました。
この時は腕を吊ったままだったので、
担当者に『免許条件に失効などの制限がかかるか?』を聞きました。
すると、あっさりと『治療中なら変更無し。ただし完治後に障害が残れば再度、適性検査をする』でした。

つまり治療中なら片腕でバイクに乗っても法的に問題無し。
万一、事故になった時は保険屋から何を言われるか分かりませんけどね。
 
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悪口言って、ゴメンナサイ [腕神経そう麻痺]

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「聖おにいさん」は面白いです。
コミックも絶賛発売中。ぜひお買い求めのうえ抱腹絶倒して下さい。


今回は『神様』の話です。
もちろん↑の御二人ではありません。

私は無神論者ではありませんが、特定の宗教を信仰している訳でもありません。
あくまでも『人の生き様を見守っている存在が神である』と思っています。

特定の宗教・神様ではなく、概念としての神についての話になりますので、
不快に感じた方がいらっしゃいましたら、ご容赦願います。


私は事故にあって当時は、工業デザイナー志望の大学生でした。
そのため事故当初で両腕が使えないうえに、
利き腕の右腕を潰してしまい、目指していた目標が叶わなくなくなって絶望しました。

自分の行いを顧みず、
神様に「何故ひと思いに死なせてくれなかったのか?」と八つ当たり、
いや、心の底から恨みました。
逆恨みもいいとこですね。


それなのに神様は後になって、『不自由だけど最高の右腕をくれました』
神様とはケンカしたままだったのに、
再び頑張るチャンスをくれました。

今では神様に感謝しています。
一時は呪っていた相手なのに、今一度希望をくれた事を心から感謝しています。


私の好きな一文にコレがあります。

『神は我を見捨てず、再び剣を取りて「戦え」とのたもうた』

これからも仕事も遊びも失敗もする事は多いでしょう。
でも私は他の同じ怪我を負った人たちよりも、恵まれた頑張れる右腕を貰いました。
生きている限りは、常に生き残った意味を探し続けることでしょう。


あえて神様が与えてくれた、今の右腕に恥じないように、
精一杯、生きてゆきたいと思います。

いつか神様に「オレは頑張れたかな?」と聞いてみたいです。
 
 
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一年経過 [腕神経そう麻痺]

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あっという間に、事故から一年が経過。

手術で神経移行をした右肘や、
断裂して筋肉や神経で動かなかった他の間接も、再結合し始めており、
術後の回復状況を調べるため、精密検査をしました。

手術前と同じく、MRI、CTスキャン、筋電図、etc。
追加で肺機能を調べるアイソトープ検査もあり、
検査項目が多いので、全部終わるのに数日かかったかな?

でー検査結果がどうなったかというと、、、

前代未聞の脅威の機能回復!
結果をみた関係者全員が驚く事態になりました。


では手術の前と後の検査結果を比較します。

<手術前>
動かせる関節_右中指、人差し指、小指、手首の上・下(これ以外は麻痺し動作不能)
肩から先の皮膚感覚(痛覚・触覚など)を全べて喪失。


<手術後・1年目>
動かせる関節_右中指、人差し指、小指、手首の上・下。
新たに動き出した関節_右親指、人差し指、手首の右へのひねり、肘の曲げ伸ばし、肩の付け根。

回復した皮膚感覚_右中指、人差し指、小指、手のひら、肩から肘にかけての一部。
(親指、人差し指、手の甲、上腕、肩は感覚無し)

新たな障害_右肺・上部1/3が機能不全、左足首に軽い麻痺(神経移行が原因)


事故当初は『神経引抜きだったら右腕全廃の可能性が大きい』と言われていただけに、
正直、このような結果が出るとは予想もしていませんでした。
当然ながら、こんな回復症例も前例は皆無です。

検査中も「あれ?おかしいなー?」と検査の担当者が不思議がっていたので、
てっきり「良い結果が出てないのか、、、」と凹んでいたので、
先生も驚く、私も驚く、何ともいえない空気が流れました。


驚きの回復とはいえ、右手は丸一年も動かなかったので筋肉が激減・畏縮してしまい、
『脳→脊髄→神経→筋肉』と身体を動かす指令が伝わるけど、筋力不足で動きません。
もちろん、右腕が完全回復する事は決してありませんし、
リハビリをしても動かないままの場所や、力の入らない部分も沢山残っています。
(追記、2013年現在でも、右腕は正常時の50%までの回復が精一杯でした)

ここから数年かけて筋力強化のためのリハビリと数度の再手術を繰り返して、
再びバイクに乗れるまにで回復する事になります。


『奇跡は起きます!起こしてみせます!!』
某アニメの主人公も言っていましたね。
 
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こいつ・・・動くぞ! [腕神経そう麻痺]

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退院したのが真夏の9月なので、話は一気に7ヶ月先の春へ飛びます。

この頃には手術の傷も安定しており、
右腕&上半身のガッチリ固定から、アームサスペンダーにレベルUPしました。
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骨折の時などに使うやつね。
やっと人並みの怪我人になりました(笑)


退院したばかりの頃は、
傷が開くたびに『血しぶきスプラッタ』で、周囲の人が阿鼻叫喚したり、
ゆるゆるTシャツしか着れなかったり、
身体のバランスがとれなくて歩くとフラフラしたり、
ミイラ男状態の時は、想像以上に大変でした。

固定が解かれても右腕はプラプラですが、
動き回るのが劇的に楽になりました。
動けるってスバラシイ。


話がそれたので本線に戻します。

手術後7ヶ月目にして『神経が繋がり始めた』気配が出てきました!
実際は力も入らないし、自分の意思で曲げる事も無理だけど、
入浴中に、肘がピクピク反応し始めているのに気が付きました。

喜びで、もー狂喜乱舞。まっ裸ですが。

入浴中に湯船に浸かっていると、右腕は湯中に沈んだままですが、
浮力で軽くなっているために、ほんの僅かだけど呼吸に合わせて動こうとします。
肺の肋間神経が、移行手術をした肘の神経と繋がり始めた証拠です。
術後に先生から『手術は成功だけど、ちゃんと神経が繋がる確立は五分五分』と聞いていたので、
本当に嬉しかったです。

お風呂に浸かったまま泣きました。


その後、しばらくは要安静に戻ります。
神経の繋がり始めは『糸1本で僅かに繋がっている状態』なので、
無理して切らないように注意せねばなりません。
切れたら再手術決定なので、、、

手術後の安静期間は不安と恐怖で押し潰されそうでしたが、
動き始めてからの安静中は、『これからどうなるのだろう?』と、
一転してワクワクで落ち着かない程でした。


ちなみに神経が切れる時は『ブチッ』と音が聞こえるそうです。

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何が特殊なの? [腕神経そう麻痺]

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このブログを読んだ知人から、
『どこら辺が特殊な症例なの?』と突っ込みが入りました。
面倒だから余計な事を言うんじゃな、、、いえ、何でもありません。

分かり易い例をあげて説明しましょう。


過去に前例が無かった、希少価値の高いレアな症例なので、
(この時点で十分、特殊だと思うのですが)
何か治療をするたびに、研修医の方々が団体で見学に来ます。
担当の先生も、治療の説明が『指導者口調になる』ので、
教育素材みたいな扱いをされます。

特に凄かったのは『抜糸』の時です。
足は普通に糸ぬいでしたが、
上半身は縫合時間の短縮のため『医療用ホッチキス』で100針+αは接合されました。
医療用ホッチキスの大量抜糸など、めったに経験する機会が無い治療なので、
まずは先生がお手本→残りは研修医が実習と、みごとに実験台にされました。

100数十本は針が刺さっているので交代しながら、
かなりの大人数が針抜糸を体験しました。
一番最後には「ロシアからの留学生」が出てきた時には、
私は医学の進歩のための人柱なのねと理解しました、、、

ちなみに肩から先は腕の痛覚がないので、下手な抜き方でも平気ですが、
肩から胸にかけては痛覚があるので、無理に抜かれると涙が出るくらい痛いです。
戦場ヶ原さんに口の中にホッチキスを打ち込まれるよりはマシですが、
痛いものは痛いです。
(このネタの分からない方は、西尾維新さんの化物語をご覧下さい。オモシロイヨー)

でも意地と気合で耐えました。
最後にロシアさんが最後の1本を抜き終えた時には、
無理に笑顔を作って、「ダスヴィダーニヤ」と拙いロシア語と手を振って送り出したのは、
意地と見栄のなせる業です。

さすがにホッチキス抜糸の後は、気が抜けて意識が飛びましたが。


大学病院なので入院中は、ときどき教授回診があります。
通常は「教授+スタッフ7~8名」で各部屋を回るのですが、
あきらかに私の大部屋に来ると見学者が急増します。
特に抜糸などの珍しい治療があった週など、
回診の最中に「特別講義」が始まる時もあるので、
周囲からの注目の眼なざしが痛かったです。

精神疲労のほうがツライ。


そんな感じで、完全に特殊症例として教育材料にされました。

そもそも何故ここまで特別対応されるのかといえば、
普通の「引抜きによる腕神経そう麻痺」だと、
腕機能が全廃しているので手術自体ほとんどありません。
あっても、せいぜい肩の脱臼防止のためにワイヤーを埋め込む程度です。

それに比べると私の場合は、神経の奇形であったため、
『神経引抜き+上位型・下位型麻痺の同時発症』という前例の無い症状となり、
後に学会で報告するためにも、治療記録や回復経過を詳細に得たかったのでしょう。
気が付いた時には、新人教育から医学レベルの向上の材料になっていたし。

退院後も定期検査でMRIやCTスキャン、筋電図など検査で調べるたびに、
『いつもよりサービスで多めにやっといたから!』などと、
にこやかに言われて、複雑な気分になります、、、


某○○さん、『前例がない症状だから特殊症例』という説明でOK?
さすがに分かったよね?
話が先に進まないから、ツッコミを入れるのは勘弁して下さい
 
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腕神経そう麻痺とはなんぞや? [腕神経そう麻痺]

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ここで原点に戻って『腕神経そう麻痺』について書いておこうかな。


正式名称は『外傷性腕神経叢引き抜き損傷』です。

腕の神経は根元に神経の束があり、それが脊髄に繋がっています。
そして腕の各所の関節を動かす為に、どんどん神経が枝分かれし細分化されていき、
末端の指先まで伸びています。

この神経の束の根元が脊髄の中から引き抜かれて千切れ、
腕全体が動かない症状を『腕神経そう麻痺』と言います。
全型麻痺や引き抜き損傷とも言います。

似て非なるものに、肩・肘が動かない上位型麻痺と、手首から先が動かない下位型麻痺があります。
上位型・下位型は、神経はちゃんと脊髄に繋がっているが、途中で神経断裂することが原因なので、
断裂部分を接合する治療で回復が望めます。
しかし脊髄の中から引き抜かれてしまうと、神経を脊髄に繋ぎ直すことは、
現在の医学では治療不可能です。
 
それゆえ昔は『役に立たない腕なら捨ててしまえ』と腕の切断をしていた例も現実にありました。
確かに自分では動かせない腕が常時プラプラしているのは鬱陶しいですからね。


では神経の引き抜きが起きろ理由は何?
バイク事故で発生が多いのはどうして?

一番の理由は、バイク事故ではライダーが地面やガードレールに投げ出されることが多いからです。
飛んで、回って、ローリング着地。

人間の身体は瞬間的に引っ張る、押される等の外力が加わると伸びます。
首ですら車で正面衝突すると、前方に40cmも伸びる事が知られています。
某漫画のゴム人間みたいな感じを想像して下さい。

HANS-1007-mini.jpg
F-1などのレースで↑こんなのを見たことはありませんか?
これは頚椎損傷を防ぐプロテクターで、衝撃を吸収するのはもちろん、
首が引き伸ばされて重大損傷が起きるのをを防いでいます。


バイク事故でも同様に瞬間的に間接が伸びます。
肩、腕が打ち付けられた際に、それぞれ逆方向に無理に曲げられた時や、
路面上を激しく転がったりしたり強打した時などは、
神経の長さ以上に腕が伸びることもあり、その時に神経が耐え切れず断裂します。

この時、腕の神経の根元が脊髄から完全に引き抜けたのが『腕神経そう麻痺』で、
途中で断裂した場合が『上位型および下位型麻痺』と分類されます。

大抵は神経が引抜ける前に骨折して、神経にかかる負荷が減るので、
引き抜き麻痺になるケースは少ないです。


ちなみに私の場合は『特殊な症例』のため、
通常は機能全喪失のはずなのに、一部の間接は僅かだけど動かせたり、
肺の神経を腕の神経にバイパスする移行手術をしたので、
正確には『外傷性腕神経叢麻痺』ではありません。

まー正式名称がないので、症状を説明する時は、
『引抜き損傷+人体改造』と読んでいます。


たしかに改造人間には違いないですが、他に良い呼び名は無いのでしょうか?
 
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楽しい入院生活? その2 [腕神経そう麻痺]

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引き続き、病院のオモシロ話をお楽しみ下さい。


入院中は暇です。
とぉーーーーーっても暇です。

手術が終わった後の回復室にいる間は、
安静にする以外は何も出来ないので、暇が最大の敵です。
腕、肩、首が包帯固定されているのでテレビも見れません。
寝たままなので何も出来ません、、、ツラカッタデス。

大部屋に戻ってからは少し動けるようになったし、
同室の方々とバカ話をしたり、美味しい御飯が食べられたり、シアワセ指数UPでした。


基本的に整形外科に入院する人は、
外傷患者なので精神的には元気です。

そのため治療の安静期間が終わると、いろいろと悪さを始めます。
悪事といってもイタズラと悪ふざけですね。
実際に見た事と看護婦さんに聞いた事をまとめると、こんな事がありました。


・足を折って車椅子の方々が『車椅子で最速レース・ゴールは喫煙所』をやったら、
 途中で転倒し傷口を強打、ストレチャーで緊急搬送。
 のちに参加者全員が婦長さんに説教される。

・夜中にお腹が空いたと『急患入り口へピザの宅配を注文』するが受付で止められる。
 のちに同室全員が連帯責任で婦長さんに説教される。

・折れでずれた骨を本来の位置に戻すため重しで引っ張る治療をしている人には、
 気付かないうちに『重しの上にヌイグルミ』が乗せられる。(本人は動けないので取れません)
 のちに実行犯が婦長さんに説教される。


暴走する不良患者は、たいてい婦長さんに怒られます。

何事も限度を超えると痛い目にあう。
良い教訓です。


入院中は大人しく療養に専念しましょう。
包帯だらけの痛々しい姿で病院そばの本屋に行くと、
お客さんが凄く驚くので気をつけましょう。

そのうえバイク雑誌を買って読んでいたりすると、
それを見た全員から『アンタには事故の教訓という言葉は無いのか!』と突っ込まれます。
まぁ色々な意味でバカなのは自覚していますから。

のちのち『バカ度が急上昇』することになるのですが、
それは遥か先のお話です。


脱線した話も、そろそろ本線に戻しましょうかね。
 
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楽しい入院生活? その1 [腕神経そう麻痺]

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硬い話が続いたので、少し面白い話もしましょうか。


手術後1週間は回復室に入れられ、経過観察です。

傷が開くとシャレにならない緊急事態になるのと、
肺の神経をいじったので、呼吸障害が出る恐れがあるためですが、
常時、緊急対応が出来るように体調のチェックをします。
患者が暇だからと、動きまわらないように監視するのが理由の気がしますが、、、


それと左足にも手術跡がありました。
肋間神経の肘への移行の際に、神経の長さが足りないので足の神経を切り出して、
『延長ケーブルに使ったから』だそうです。
とても分かり易い説明ですが、私は家電機器ではありません、、、


傷も安定してきたのを見計らって大部屋に移動。
手術前にいた大部屋に戻りましたが、部屋に入ったらリアルに驚かれました。

入院時に同室の患者さんに挨拶した時に、
『これから手術なんですよー』と気軽に話していたのに、
出て行ったきり帰ってこないので、手術失敗か?まさか手遅れだったのでは?とウワサしていたそうです。
内科だと永遠に帰ってこないこともあるので、ちょっと苦笑い。
抜糸が終わって退院するまでの1ヶ月をここで過ごしました。

大部屋に戻ったときは8月の真夏の日でした。
傷口が開か無いように右腕と上半身が包帯でグルグル巻きで腕・首も一緒に固定。
このカッコは非常に暑いです。

そのためTシャツは着れないし、傷か化膿しない様に通気するため、
素肌の上に、唯一の前開きシャツのアロハシャツを羽織り、短パン姿と、薄着で戻ってきたので、
一同大爆笑。
『重症患者がその格好はないだろう』
さんざんツッコミを入れられました。

大部屋の方が気楽で楽しかったです。


ついでに入院食の話もしましょう。

1995年当時、慶応病院の入院食は『病院業界では屈指の美味しいさ』を誇っていました。
たしか、パンは帝国ホテルで出されている物と同じだったはず。
最初に入院した病院とは味気ない食事とは大違い。
ご飯が美味しいのはシアワセだねー。


治療も山場を超えたので、だいぶ元気も戻ってきました。
 
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